ダイヤモンドチェア/ハリー・ベルトイア
ハリー・ベルトイア(Harry Bertoia/1915.3.10〜1978.11.6)イタリア生まれ、アメリカで活躍した家具デザイナー。彫刻家。
15才の時、デトロイトの兄を訪ね、イタリアからアメリカへわたるが、そのまま滞在し、キャス技術高等学校でアートとデザインを学び、ジュエリー製作の技術を学ぶ。
彼はアートスクールは1938年にデトロイト美術工芸学校(Art School of the Detroit Society of Arts and Crafts)に入学。また、クランブルック・アカデミー・オブ・アートで勉強するための奨学金を受け取り、ウォルター・クロピウス、エドモンド・N・ベーコンやレイ&チャールズ・イームズと出会った。
1939年に自分のジュエリーデザインと金属加工を教える為ののワークショップを開く。後に戦争の影響で、金属の価格が上がったため、ジュエリー製作に注力していき、チャールズとレイ・イームズ、エドモンド・ベーコンと妻ルースのための結婚指輪をデザイン・製作している。
1943年後半にBrigitta Valentinerと結婚、カリフォルニアへ移住し、レイ・チャールズと共にエバンス製品会社のために働くことになる。エバンスは、航空機や医療機器の技術的な製品を提供しており、ベルトイアは、トレーニングマニュアルを描いていた。この時期、(後にエバンス社に買収される)Plyformed Products社の成形合板を使っての実験を始めている。
彼らは、エーロ・サーリネンと共に、成形合板製の添え木の開発をし、後の成形合板を使った家具のデザインのプロセスへと進化させました。ベルトイアは、スタッフの一員として、様々なプロジェクトに取り組んでいる。彼は、イームズがデザインした金属の背骨と足の構造を持つ成形合板の椅子(DCM/LCM)の開発に、非公式にクレジットされている。
3年後、彼の作品の当然のクレジットを受けることができなかったことが関係して、ベルトイアはイームズと別れます。そして、木を扱うよりも金属を扱うことを好むようになります。同年、彼は米国市民となりました。
1950年に、ペンシルバニアに移り、スタジオを設立し、ハンス&フィレンツェク・ノルと仕事をするようになります(フィレンツェもクランブルックの卒業生)。この頃ベルトイアはノルのベルトイアコレクションとして知られる、5つのワイヤーを使った作品をデザインします。その中には有名なダイヤモンドチェアも含まれています。
ベルトイア自身は、この椅子のことを「大部分は空気から成り、ワイアーの隙間から背景が透けて見える(If you look at these chairs,they are mainly made of air,like sculpture. Space passes right through them.)」 と言っています。
こうした椅子の商業的成功により、50年代半ばには印税により、彫刻に専念できるようになりました。
彫刻と音楽?(彫刻作品が奏でる音)の作品

The World of Bertoia (Schiffer Art Book)
- 作者:Nancy N. Schiffer
- 出版社/メーカー:Schiffer Pub Ltd
- 発売日:2003/07
- メディア:ハードカバー

Harry Bertoia,Printmaker:Monotypes and Other Monographics (Great Lakes Books)
- 作者:June Kompass Nelson
- 出版社/メーカー:Wayne State Univ Pr
- 発売日:1989/01
- メディア:ペーパーバック
Harry Bertoia,Printmaker:Monotypes and Other Monographics (Great Lakes Books Series)
- 作者:June Kompass Nelson
- 出版社/メーカー:Wayne State Univ Pr
- 発売日:1988/04
- メディア:ハードカバー


























