アレック・イシゴニス/MINI
最近は、BMW製のMiniを見ることが多くなったが、小型軽量自動車でのFFの基礎を築いたMINI(オースチン・セブン/モーリス・ミニ・マイナー)。
下は、アレック・イシゴニスが描いた、とても有名な設計スケッチ。エンジンを横置きにし、その下にミッションを持ってくる...発想の転換によって、本当に狭いスペースに収め、FF(前輪駆動)を可能にしている。

MINIは、自動車文化の、文字道理ベースを培ってきた。


アレック・イシゴニス(Alexander Arnold Constantine Issigonis/1906.11.18〜1988.10.2)イギリスのカーデザイナーMiniの設計で有名。
アレック・イシゴニスは、オスマントルコ帝国時代のイズミル(ギリシャ語でスミルナ)のギリシャ人のコミュニティで生まれている。彼の祖父は、パロス島から1830年代にスミルナに移住して、イギリスの鉄道会社でエンジニアとして働いていた。
アレック・イシゴニスの父親は、イギリス国籍を持って生まれ、イギリスで教育を受け、ドイツ系の妻(アレックの母)と結婚している。
1922年父親が亡くなると、1923年に母親と一緒にイギリスに移住する。
アレックはロンドンのBattersea PolytechnicとExternal Programme大学でエンジニアリングを学んだ後、1930〜1940年代はハンバー社でエンジニア兼デザイナーとして働き、自動車レースの世界で成功を収める。
1930年代には、スーパーチャージャーや、彼がデザインしたフロント・アクスルを取り付けたオースチン・セブンでレースを行い、これが後にオースチンに勤めるきっかけとなる。
1936年、モーリス・モーター・カンパニーに移り、モーリス10のためのフロント・サスペンション.システムを開発する。戦争により、生産されなかったが、後に MG-Yに使われることになる。
戦争中は、モーリスの様々なプロジェクトで働き、その後、後にモーリス・マイナーとして1948〜1971年まで生産される未来車(コードネーム;モスキート)のプロジェクトに着手する。
1952年、モーリスとオースチンの合併でBMCになり、イシゴニスはアルヴィスに移り、アルミニウム製V8エンジンと新しいサスペンション・システムによるサルーンを設計する。このデザインはコストが掛かりすぎるため生産されなかった。
1955年の終わりにイシゴニスはBMCに戻り、レオナルド・ロード(Leonard Lord)の元で、3つの新しい車をデザインする。XC/9001というコードネームの試作車は、大きな乗り心地の良い車、XC/9002は中型のファミリーカー、XC/9003は小さなタウンカーであった。
1986年、イシゴニスは2つの大型車の開発に集中し、いくつかのテスト用の試走車を製作している。
1956年の終わりのスエズ動乱による石油の供給難に対応するため、レオナルド・ロードから小さいXC/9003の開発を急ぐように求められる。
1957年のはじめにプロトタイプが走り、1957年の中頃には公式のプロジェクト番号(ADO15)が与えられ、生産に必要である何千もの図面の製作が始まる。
1959年8月その車は、「モーリス・ミニ・マイナー」と「オースチン・ミニ・セブン(オースチン・ミニ)として発売される。後に「MIN」と呼ばれる、この車だ。
Miniは、イギリスで最も販売された車で、530万台の販売された。
1961年、イシゴニスはBMCの技術部長に昇進し、XC/9002は1962年8月にモーリス 1100 として、XC/9001は1964年にオースチン 1800 として発売されます。

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